錆びて固着したボルトは再使用できるか:強度が落ちるのはかみ合い部のねじ山
2024 年 5 月、Yahoo!知恵袋に、錆びて固着し高トルクのインパクトレンチでやっと外れたボルトは再利用しない方がよいのか、という質問が投稿されました。質問者は「強度的に弱くなっている気がします」と書いています。回答 4 件はすべて交換を勧めていますが、理由の多くは価格と手間で(「脆くなってると思われる」という回答もあります)、強度がどれだけ、どこで落ちるのかには触れていません。明治大学の松尾・徳原が 2022 年に『材料と環境』で発表した試験は、インパクトによる取り外しや再使用を試験したものではありませんが、腐食後のかみ合いねじ部の破断強度を示しています。M16 のユニクロボルトを鋼製ブロックにねじ込み、5% 塩化ナトリウム水溶液を毎日 1 滴、20〜50 日滴下してから引張試験を行いました。腐食前は 94.1 MPa、腐食させた 9 体のうち最も低いものは 63.4 MPa で、いずれもねじ山が 1 山以上破壊する形態でした。ボルトに軸力は負荷していません。読了まで約 7 分。
質問と回答が触れた範囲
質問は「車検、メンテナンス」カテゴリで、対象は車のボルトです。質問者は、ここまで錆びたならボルト自体がもろくなっているのではないかと考えています。 ベストアンサーは電装業の方で、固着するようなボルトは基本的に交換、再利用するにもねじ山の修正が必要で、タップやダイスを買うなら新品のボルト・ナットの方が安く安心、という内容です。 ほかの回答も「脆くなってると思われる」「抗張力は分からない、高価なものではない」「そこまで錆びた物は再利用しない」と、すべて交換です。
結論は一般的な整備の考え方と一致します。ただし理由の多くは「割に合うか」で、「どれだけ弱くなり、どこが弱くなるか」ではありません。 質問者は「強度的に弱くなっている」「すぐ折れそう」と書いているだけですが、次の論文で強度が落ちたのは、ブロックにかみ合って外から見えないねじ山でした。この論文はインパクトによる取り外しや再使用を試験したものではなく、示しているのは腐食後のかみ合いねじ部の破断強度です。
どのような試験か
松尾・徳原の研究は、アコースティックエミッション(AE)法でボルト締結部の腐食を外から評価することを目的にしています。 背景は屋外の鋼製ボルト締結部です。ボルトは角が多く防食塗装の膜厚を確保しにくく、締結部に水が入ると局部腐食が進みます。 論文は、2020 年度から一定年数・一定規模を超える屋外広告物の安全点検が義務化されたこと、目視・打音検査の精度が検査員の技能に左右されることを挙げています。
| 項目 | 条件 |
|---|---|
| ボルト | JIS B 1180 並目六角ボルト M16、材質 SWCH、表面処理ユニクロ |
| 被締結部 | SS400 製ブロックに 15 mm ねじ込み。底部に直径 1 mm の横穴(NaCl 水溶液の滞留防止)、表面に防食塗料 |
| 腐食促進 | 5% NaCl 水溶液を締結部に毎日スポイトで 1 滴 |
| 腐食期間 | 締結体 9 体、20〜50 日 |
| 軸力 | 負荷せず(試験前の軸力の影響を除くため) |
| 引張試験 | ボルト頭部と被締結部下部をつかみ、引張速度 10 mm/min |
著者らは事前に、引張試験でねじ山が損傷して破断する条件を調べたうえで実験しています。したがってこの数字は「かみ合ったねじ山がどれだけ耐えるか」であり、 ボルト材料そのものの引張強さではありません。試験後、ブロック底部の穴はすべて乾いており、著者らは締結部が概ね乾燥状態だったと考えています。 水没させたのではなく、締結部に毎日 1 滴を滴下した条件です。塩水がねじ部のすき間をどう伝わったかは、論文では直接観察していません。
腐食前 94.1 MPa、最も低い締結体で 63.4 MPa
論文は引張試験後のねじ山を二つに分けています。ねじ山が 1 山以上破壊または潰れたものが Type-a、1 つのねじ山の一部が破壊または潰れたものが Type-b です。
| 締結体 | 破断強度 | 破壊形態 |
|---|---|---|
| 腐食試験前 | 94.1 MPa | Type-a |
| 腐食試験後、9 体中最低 | 63.4 MPa | Type-a |
63.4 を 94.1 で割ると 0.674 で、最も低い締結体はおよそ 3 分の 1 低下しています(当サイトの計算)。 論文はこの締結体の腐食日数を書いておらず、9 体の値も図でしか示していません。「50 日で 3 分の 1 低下」とは言えません。
94.1 MPa という値の読み方にも注意が必要です。一般的なボルト材料の引張強さは数百 MPa です(当サイトの補足)。著者らはねじ山で破断する条件を選んでいるので、これは 15 mm のかみ合い部のねじ山が壊れたときの値で、材料の引張強さではありません。値がこの水準になる理由は論文に説明がありません。 また論文はこの応力をどの断面積で求めたかを書いていないので、当サイトは荷重への換算や強度区分との比較をしません。比べられるのは同じ試験内での腐食前後の差だけです。
ねじ山のすき間で錆が育つ
AE は材料が変形・破壊するときに放出される弾性波です。錆は元の鉄より体積が大きく、論文が引用する研究では、この体積膨張に伴う錆の破壊やはく離が AE として検出されます。 47 日間の締結体では、累積 AE イベント数が約 35 日目から急増しました。AE の多い締結体に共通する現象でしたが、始まる時期にはばらつきがありました。
締結体ごとの累積 AE イベント数と破断強度を並べると、Type-a の締結体では AE が多いほど強度低下が大きく、線形に近い相関が見られました。 Type-b は AE の少ない締結体で発生しており、著者らは腐食進展の初期に起きる形態と考えています。
著者らの解釈は二段階です(Type-a はねじ山が全周壊れるという意味ではなく、損傷が 1 山以上に及ぶ形態です)。まず、同じボルトでもねじ山ごとに損傷の程度が違うことから、締結体内部の負荷は均一ではないと考えます。 負荷の大きい箇所が腐食すると、表面の凹凸増加や断面積減少でねじ部のせん断強度が下がり、一部だけが壊れる Type-b になります。 さらに腐食が進むと全体の強度が下がり、1 山以上が壊れる Type-a になります。後半には AE 波形も変化し、著者らは錆がすき間を埋めた後にさまざまな方向のき裂が生じたと推定しています。 これらは AE と破断後の写真に基づく推定で、断面を切って残りのねじ山寸法を測ったものではありません。
ねじ山がせん断されたり潰れたりする破損は、ねじがなめた:壊れたのはどちら側かで扱ったものと同じ形態です。 違いは原因が腐食であること、そしてブロックにねじ込まれたまま、軸力を負荷しない状態で進んだことです。
AE で外から分かるか
この研究の狙いは、ボルトを外さずに検査することです。長期モニタリングの累積 AE イベント数は強度と相関しましたが、AE の発生頻度は一定ではなく、長期間の計測が必要です。 著者らは計測最終日の 24 時間に検出した最大振幅 15 mV 以上の AE と破断強度の関係も評価し、相関が見られました。正規化破断強度が 0.9 以下の締結体では、15 mV 以下を含む最終 24 時間の総 AE イベント数が 30 程度で、長期モニタリングより少ない AE で評価できています。短期計測でも推定できる可能性が示されています。
一方で著者らは、検査の現場で波形を調べたり 24 時間計測したりするのは難しいとも書いており、機械学習による波形自動識別、外力負荷による AE 発生の促進、ドローンを用いた遠隔計測との併用を今後の課題としています。 現時点では研究段階の手法で、現場での波形分析や 24 時間計測の難しさは著者ら自身が実用上の課題として挙げています。
現場での判断
以下は当サイトが一般的な整備上のリスクから整理した保守的な考え方で、松尾・徳原の試験で検証された再使用の判定法ではありません。
ねじ山が傷んでいる前提で扱う。 この試験では、強度低下はかみ合い部のねじ山で起き、外からは見えませんでした。外したボルトを判断するなら、当サイトとしては少なくとも錆を落とし、新しいナットを手でねじ部全長に通すことを勧めます。 引っかかる、がたつく、山頂が欠けている場合は使いません。これは明らかな不良を除くための確認で、強度の保証ではありません。ナットが通っても山がやせている可能性はあります。
めねじも確認する。 論文ではボルトをブロックのめねじにねじ込み、塩水はおねじとめねじからなる締結部に滴下していますが、めねじの腐食や残存強度は別に測っていません。ボルトを新品にしても、同じ錆びた穴に戻せば、めねじの状態は変わらないので、穴も別に確認します。 新しいボルトの手応えが緩い、規定トルクに達する前に空回りする場合は、まず疑うべき箇所の一つが穴側です(ボルトの寸法やおねじも確認します)。補修方法はねじがなめたの整理を参照してください。
重要保安部品は交換する。 ハブ、サスペンション、ブレーキ、構造接合など、破断が事故に直結する箇所は、当サイトとしては交換を勧めます。知恵袋の回答も固着ボルトは交換で、ボルトの価格とやり直しの代償は釣り合いません。 論文が示したのは最も悪い締結体で約 3 分の 1 の低下ですが、この論文は外した後の判定方法を示しておらず、手元のボルトがどちらに近いかは見た目では分かりません。
新品が手に入らないときは、条件を先に整理する。 旧車の専用ボルトなどは入手できないことがあります。その場合は、かみ合い長さ、使用中にかかる力、錆が表面だけかねじ山のすき間まで入っているかを先に確認します。 必要なかみ合い長さの考え方はかみ合い長さはどれだけ要るかと 最小かみ合い長さの数字が、人によって違う理由にまとめています。 この論文はかみ合い 15 mm、ボルト 1 種類、軸力なしの条件だけなので、手元のボルトの低減係数は出せません。
再組立てでは水の経路を考える。 この試験の腐食は、締結部に滴下した塩水によるものです。めっきと化成皮膜の違いはユニクロ、有色クロメート、黒クロメートの違いを参照してください。 焼付き防止剤を塗る場合は摩擦係数が変わるため、締付けトルクも見直します(焼付き防止剤は、予荷重を不確かにしません)。 再使用全般の考え方は外したねじは再使用できるかで扱っています。
このページから言えないこと
試験ボルトには軸力を負荷していません。著者ら自身が §4.1 で、軸力が付与された実環境における影響については検討が必要と述べています。 当サイトの推測ですが、軸力があればねじ面同士が押し付けられ、塩水の入り方、腐食の位置、負荷のかかり方が変わり得ます。63.4 MPa より良くなるか悪くなるかはこの論文からは分かりません。 腐食は 5% NaCl を毎日 1 滴の促進試験で、屋外での年数には換算できません。 ボルトは 1 種類(M16、SWCH、ユニクロ)、被締結材は SS400、かみ合い長さは 15 mm のみで、腐食させた締結体は 9 体です。 94.1 MPa が 1 体の値か平均か、63.4 MPa の締結体の腐食日数、応力の算出に用いた断面積は、いずれも原文に記載がありません。 「錆がねじ山のすき間で成長し、凹凸と断面積減少を生じる」は AE と写真に基づく著者らの推定で、断面計測の結果ではありません。 著者らは、波形形状・周波数・振幅などの AE パラメータの変化量が腐食条件や計測環境によって変わり得るとも述べており、15 mV、0.9、約 30 イベントは別のボルトや現場にそのまま使える判定しきい値ではありません。 インパクトレンチによる取り外しそのものがねじ山を傷めるかは、この論文では測っていません。高強度ボルトの腐食による遅れ破壊は別の問題で、 暴露中に折れた 1700 MPa 級ボルトで扱っています。
この記事は手順 5、表面処理を扱います。全体の順序は相手材、ねじ、頭部、駆動部、表面処理、書類で、これを崩すと微調整ではなく手直しになる理由はねじの決め方にあります。
よくある質問
錆びて固着し、外したボルトは再使用できますか?
重要保安部品は交換を勧めます。松尾・徳原 2022 年の試験では、M16 ユニクロボルトを鋼製ブロックにねじ込み 5% NaCl を毎日滴下して 20〜50 日腐食させたところ、ねじ山破断時の強度は腐食前の 94.1 MPa から最低 63.4 MPa に低下しました。低下はかみ合い部のねじ山で起き、外からは見えません。軸力を負荷しない促進試験で、インパクトによる取り外しも試験していないため、実際のボルトの残存強度には換算できません。
ボルトが錆びると、どこが弱くなりますか?
この試験では、ブロックにかみ合ったねじ山です。破壊形態はねじ山の破壊・潰れで、著者らは錆がねじ山のすき間で成長し、表面の凹凸増加と断面積減少でねじ部のせん断強度が下がったと推定しています。
ボルトだけ交換すれば十分ですか?
十分とは限りません。めねじにねじ込む構造では、腐食はおねじとめねじからなる締結部で起きます。論文はめねじを別に測っていませんが、ボルトを替えても穴の状態は変わりません。当サイトとしては、新品ボルトの手応えが緩い、規定トルク前に空回りする場合はめねじを点検し、必要なら補修することを勧めます。
外さずに腐食の程度を知る方法はありますか?
この論文は AE 法で監視し、累積 AE イベント数と破断強度の相関を示しましたが、長期のモニタリングが必要です。著者らも現場での 24 時間計測は難しいとしており、研究段階の手法です。
参考資料
- 松尾卓摩・徳原功也(2022)「AE 法を用いた腐食した鋼製ボルト締結部の破断強度評価」材料と環境 71(7):213–217
- Yahoo!知恵袋(2024-05-15)「錆びついてかなり固着したボルトを高トルクのインパクトレンチでやっと外れたボルトは再利用しない方が良いのですか」(回答 4 件)
- ねじがなめた:壊れたのはどちら側か
- 外したねじは再使用できるか:これは三つの問いです
- かみ合い長さはどれだけ要るか
- 最小かみ合い長さの数字が、人によって違う理由
- 暴露中に折れた 1700 MPa 級ボルトの水素は腐食から
論文は J-STAGE で全文を読みました。試験条件は §2、94.1 MPa と 63.4 MPa は §3 本文、AE と強度の関係および軸力に関する限界は §4.1 によります。63.4 ÷ 94.1 の比は当サイトの計算です。論文が本文で示す強度はこの二つだけで、残り 8 体の値は図にのみあり、当サイトは図から値を読み取っていません。
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