摩擦接合面を赤さびにする理由:さび厚との相関は弱く、両面赤さびで相関したのはさび面の凹凸

2021 年 12 月、Yahoo!知恵袋に「高力ボルト接合において接合部に錆び止め塗装を行わないのはなぜですか」という質問が投稿されました。回答は、塗装すると表面が「ツルツル」になり摩擦係数が下がる、サンドブラストで高めることもある、というものです。ただし、どこまで粗くすればよいか、さびをどれだけ待てばよいか、さびの厚さはどれだけ必要かには触れていません。吉岡ほかが 2025 年に鋼構造論文集で発表したすべり試験は、この三つを分けて測っています。旧塗膜を削っただけで赤さびのない面と無機ジンク面の組合せはすべり係数 0.30 で、論文が用いた設計すべり係数 0.40 を下回りました。さび促進剤を塗って 24 時間養生すると 0.55、両面とも赤さびでは最大 0.80 です。さび厚とすべり係数の相関は弱いものでした。読了まで約 8 分。

灰色の鋼板 2 枚と 4 本のボルト・ナット。上の板を少し持ち上げた図で、下の板の接合面は赤褐色の粗いさびで覆われている。

質問と回答が触れた範囲

高力ボルト摩擦接合は、ボルトの締付け力で板を押し付け、接合面の摩擦で力を伝える継手です。ボルト軸が孔壁を押して伝えるのではありません。 そのため設計ではすべり係数 μ を使い、同じ締付け力なら μ が高いほど継手の伝えられる力は大きくなります。 締付け力が掛け算の項であることや RCSC の Class A/Class B については 締まっていないボルトは、別の継手であるで扱ったので、ここでは繰り返しません。

知恵袋の質問には回答が 2 件付いています。一つは塗装すると表面が滑らかになり摩擦係数が下がる、サンドブラストで高めることもある、というもの。 もう一つは「ボルト本締めしたあとにしますよ」の一文だけで、何を塗るのかは書いていません。2011 年の別の質問のベストアンサーは、わざと接合部をさびさせ、さびの摩擦で結合すると書いています。 「さび」を直接答えにしているのはこの回答です。以下の論文の結果は、さび促進処理ですべり係数は上がるものの、この試験ではさび厚とすべり係数の相関は弱く、両面赤さびでは相関が認められなかった、というものでした。

試験の位置付け

この論文が想定しているのは既設鋼橋の補修・補強です。塗装済みの既設部材に補強部材を高力ボルト摩擦接合で取り付ける場面です。 論文によると、建築工事標準仕様書 JASS 6 の摩擦面処理は発せい処理とブラスト処理の 2 種類です。発せい処理には、黒皮を除去して屋外に自然放置し赤さびを発生させる方法と、 薬剤を塗って赤さびを発生させる方法があります。自然発せいは赤さび面になるまで半月程度を見込む必要があり、さび促進剤は特に工程を急ぐ場合に工場製作段階で使います。 道路橋示方書はブラストによる粗面、またはその上に無機ジンクリッチペイントを塗る方法を規定しています。 既設橋の現場ではブラストが難しいため、動力工具で旧塗膜を除去し、さび促進剤を塗って 1〜2 日養生するだけですべり係数を確保できるかを確かめています。

試験条件(吉岡ほか、2025、§2)
項目条件
鋼材SM490Y、母板 28 mm、連結板 16 mm、孔径 24.5 mm
ボルトM22 F10T トルシア形、目標導入軸力 226 kN(設計ボルト軸力 205 kN の 1 割増し)
母板の素地調整有機ジンクで既設塗装を再現し、ディスクグラインダで除去後、ダブルアクションサンダ #40 で Ra ≦ 5 µm、脱脂洗浄
さび促進剤刷毛で 100 g/m² を 2 回、空調のある屋内で養生
試験体数各ケース 3 体

さび促進剤は市販品をもとに、発せい剤を 3 倍、安定化剤を 2 倍に増やした改良品です。発せい剤の主成分は塩化鉄、 安定化剤は硝酸と硝酸鉄で、発せい反応を収束させる役割があります。

素地調整のみで 0.30、1 日養生で 0.55

各ケースのすべり係数 μ1(試験前ボルト軸力から算出、3 体平均;吉岡ほか、2025、表 6)
ケース母板の接合面連結板の接合面μ1
ZZ0無機ジンク無機ジンク0.51
NZ48素地調整のみ(48 時間後もさびなし)無機ジンク0.30
RZ12/24/36/48素地調整+さび促進剤、養生 12/24/36/48 時間無機ジンク0.50/0.55/0.53/0.55
RZ48YRZ48 と同じ、組立後に屋外で約 1 年無機ジンク0.55
RR12/24/36/48素地調整+さび促進剤素地調整+さび促進剤0.65/0.80/0.76/0.75

さび促進剤を塗らなかった NZ48 は全試験体で最も低い 0.30 で、論文が用いた設計すべり係数 0.40 を下回りました。 同じ素地調整面にさび促進剤を塗ると、養生 12 時間で 0.50、24 時間で 0.55 です。36 時間と 48 時間は 24 時間とほぼ同じで、著者は試験誤差としています。 組立後に屋外で約 1 年置いた RZ48Y も 0.55 で、低下は見られませんでした。母板と連結板の両面を赤さびにした RR シリーズは 0.65〜0.80 です。

著者の結論は、養生 12 時間以上で 0.40 を満足するものの、塗布当日に補強部材を取り付けるのは施工サイクル上難しく、24 時間以上が望ましいというものです。

締付け力についての観察も一つあります。締付けから約 72 時間後の軸力残存率は、両面無機ジンクの ZZ0 が平均 91.2%、RZ シリーズが 92.0〜94.2%、 両面赤さびの RR シリーズが 96.2〜97.0% でした。無機ジンクが押しつぶされてリラクセーションが生じたと著者は考えています。

さびが育つのは最初の 12 時間

母板の算術平均粗さ Ra とさび厚の推移(平均値;吉岡ほか、2025、表 5)
養生時間塗布前12 h24 h36 h48 h
Ra(µm)1.52.93.84.14.3
さび厚(µm)0.010.013.514.815.0

素地調整後の Ra は 1.5 µm でした。48 時間分の増加量のうち、Ra は 51.2%、さび厚は 66.9% が最初の 12 時間に生じ、 36〜48 時間の増分は 8.3% と 1.7% にとどまります。著者は 24 時間でさび厚の増加が収束したとみて、24 時間時点の 13.5 µm を 設計すべり係数の確保に必要なさび厚と考えています。これは著者の推論で、さび厚 13.5 µm ちょうどのケースで確かめたわけではありません。

著者は自身の先行研究も引き、さび促進剤ですべり係数が上がる要因はさび自体の凹凸だとしています。

さび厚とすべり係数の相関は弱い

著者は組立直前の母板の Ra、さび厚、粗さの組合せパラメータ Ra²/RSm を、それぞれすべり係数に対してプロットし、相関係数を求めました。 RSm は JIS B 0601 の粗さ曲線要素の平均長さで、凹凸 1 周期の平均の幅です。Ra は高低差、Ra/RSm は鋭さを表し、掛け合わせたものが Ra²/RSm です。

母板の表面パラメータとすべり係数 μ1 の相関係数(吉岡ほか、2025、§4.3.4、図 14・15)
組合せRaさび厚Ra²/RSm著者の判断
母板赤さび/連結板無機ジンク(RZ シリーズ+RU1)0.5530.539−0.166Ra・さび厚は弱い相関、Ra²/RSm は相関なし
両面赤さび(RR シリーズ+RU8)0.3620.2380.670Ra²/RSm は正の相関、Ra・さび厚は相関なし

この数値は、PDF を画像にした原図と §4.3.4 の本文の両方で確認し、一致しています。 著者は試験後に試験体を解体し、痕跡から二つの組合せで破壊位置が違うと推測して、それで相関の違いを説明しています。直接測った破壊機構ではなく、著者の解釈です。

鋼板継手の断面を左右に並べた図。左は上の板の下面に灰色の塗膜層があり、その中に破線が引かれ、下の板の表面は赤褐色の粗いさび層で灰色の破片が付着している。右は上下の板とも赤褐色のさび層で、さびの山がかみ合い、破線がかみ合った部分を通る。どちらも上下に締付けの矢印、左右に逆向きの矢印がある。
著者が推定したすべり位置(模式図・縮尺不同)。左:母板赤さび/連結板無機ジンクではジンク層の凝集破壊と推定、右:両面赤さびではかみ合ったさび層内での破壊と推定。吉岡ほか 2025 年 §4.3.5 の解体観察と著者の解釈による。

母板が赤さび、連結板が無機ジンクのとき、すべるのはジンク層だと著者は考えています。解体すると連結板の無機ジンクが母板に付着しており、すべり荷重も同程度だったことから、 著者は無機ジンクの凝集破壊ですべり荷重が無機ジンクの強度で決まったと推測し、そのため母板さび面の Ra²/RSm との相関が弱いとしています。

両面が赤さびのとき、すべるのはさび層の内部だと著者は考えています。両方の板に同じ形の黒いすべり痕が残り、かみ合った赤さび同士がさび層内で破壊・剥離したと推測しています。 このとき、高低差と鋭さを表す Ra²/RSm とすべり係数の相関は 0.670、さび厚は 0.238 でした。 図 15 でも、先行研究で屋外に 3 週間置いた RU8 はさび厚が横軸の右端にありながら、すべり係数は 0.73 で、さび層の薄い RR24(0.80)より低くなっています。

著者は森・南(2007)の研究も引いています。一定の厚さの赤さびをもつ継手のすべり係数は平均 0.73 で、さび面の粗さ、下地処理、暴露場所、暴露期間の影響は認められず、 ある程度のさび厚があればすべり耐力はさび層のせん断強度に依存すると推測した研究です。当サイトはこの原論文を読んでいません。

ブラスト面の粗さの目安

Ra²/RSm は森ほか(2011)が提案したパラメータで、対象はブラスト面でありさび面ではありません。Ra 2〜15 µm の 7 種類のブラスト面と グラインダ処理面 1 種類で継手の引張試験を行い、Ra だけではすべり係数を整理できないことを示しました。Ra 8 µm 以下では Ra とともに μ が上がりますが、 Ra 10〜15 µm ではかえって下がります。Ra²/RSm を使うと整理できました。グラインダ処理面の Ra は平均 1.4 µm で、 ブラストより再現性が低いか方向依存性が高いと著者は述べています。

ブラスト面の Ra²/RSm と満たすすべり係数(森ほか、2011、§6)
Ra²/RSm満たすすべり係数
0.25 µm 以上0.4
0.35 µm 以上0.5
0.45 µm 以上0.6

同じ論文には換算式もあり、Ra は十点平均粗さ RzJIS の 0.185 倍、最大高さ粗さ Rz の 0.137 倍です。 はじめにでは、道路橋示方書と鉄道構造物等設計標準はすべての接合面で保証値 0.4 を用いており、表面の状態によっては安全側すぎると指摘しています。 建築関係の基準は Rz 50 µm 以上で 0.45、海外の基準は粗面で 0.5 としているとも書いています。これらの基準そのものは当サイトでは読んでおらず、論文の整理を引いています。

現場での判断

まず適用基準を確認します。建築鉄骨と道路橋では、摩擦面処理も設計すべり係数も違います。 設計値が 0.4 か 0.45 か、自然発せい、ブラスト、ブラスト+無機ジンクのどれにするかは、設計図書と適用基準に従い、この論文から決めないでください。

きれいに素地調整しただけでは十分とは限らない。NZ48 は動力工具で旧塗膜を除去して Ra ≦ 5 µm にした、さびのない面で、無機ジンク面との組合せは 0.30 と、論文が用いた 0.40 を下回りました。 これは 1 組の条件(有機ジンクで再現した旧塗膜、特定の工具、相手面は無機ジンク)の結果で、ほかの材料や処理にそのまま当てはめることはできませんが、「きれい」であることがすべり係数を保証しないことは示しています。

さび促進剤を使う場合、論文の条件は次のとおりです。旧塗膜や黒皮を除去して所定の粗さまで素地調整し、脱脂して粉じんを落とします。 1 回目の塗布で削りかすや塗膜が残っていないことを確かめ、乾燥を目視で確認してから 2 回目を塗ります。液垂れによる発せいむらを防ぐためです。 養生 12 時間で 0.40 を満たし、著者は 24 時間以上を推奨しています。養生は空調のある屋内で温湿度を一定にして行っており、屋外、低温、降雨の条件はこの数値に含まれません。

受入れを膜厚計のさび厚だけで判断しない。この試験でさび厚とすべり係数の相関は最大でも 0.539、両面赤さびでは 0.238 でした。 Ra、RSm、Ra²/RSm を現場の受入れ項目にできるかは論文で検証されておらず、適用基準とその接合面の組合せでの試験で決める必要があります。 0.25/0.35/0.45 µm の目安はブラスト面のもので、さび面の目安はこの 2 本の論文には示されていません。

連結板が無機ジンクなら、ジンク層も見る。この組合せですべり時に破壊するのは相手側のジンク層だと著者は推測しています。締付け 72 時間後の軸力残存率も RZ シリーズは両面赤さびの RR シリーズより 2〜5 ポイント低く、 著者は無機ジンクの影響が支配的としています。 高力ボルトの締付け管理は溶融亜鉛めっき高力ボルトとナット回転法も参照してください。

このページから言えないこと

既設鋼橋の補強を想定した試験です。旧塗膜は有機ジンクで再現したもの、さび促進剤は改良品 1 種類、各ケース 3 体、養生は屋内の恒温恒湿条件でした。 新築建築の自然発せい面にそのまま当てはめることはできず、半月程度の自然発せいのすべり係数も測っていません。 鋼材は SM490Y、ボルトは M22 F10T のみで、継手寸法、無機ジンクの膜厚、塗膜除去の方法も各 1 種類です。RZ48Y の μ1 は約 10,000 時間後の推定軸力残存率を使って算出されています。 13.5 µm は著者が推論した必要さび厚で、規格値ではありません。相関係数は各組 5 ケースのデータで、本試験と著者の先行研究の RU1/RU8 を合わせたものです。変数を一つだけ変えた比較ではなく、「弱い相関」「相関なし」は著者の判断です。 破壊位置は解体時の痕跡からの著者の推測です。 Ra²/RSm の目安はブラスト面のもので、さび面の合否判定には使えません。森・南(2007)の「平均 0.73、さび層のせん断強度に依存」は孫引きで、原論文は読んでいません。 JASS 6、道路橋示方書、建築関係基準の 0.45 は論文の記述を通して知ったものです。溶融亜鉛めっきの摩擦面はこの論文の範囲外です。

この記事は手順 1、相手材を扱います。全体の順序は相手材、ねじ、頭部、駆動部、表面処理、書類で、これを崩すと微調整ではなく手直しになる理由はねじの決め方にあります。

よくある質問

高力ボルト摩擦接合の接合面に錆止め塗装をしてよいか?

適用基準に従います。論文の記述では、建築は発せい処理かブラスト処理、道路橋はブラストによる粗面かその上に無機ジンクリッチペイントです。それ以外の塗装はこの 2 本の論文では試験していません。吉岡ほか 2025 年の試験では、旧塗膜を除去しただけでさびのない面と無機ジンク面の組合せで、すべり係数は 0.30 と、論文が用いた設計すべり係数 0.40 を下回りました。1 組の条件での結果です。

さび促進剤を塗ってから何時間で組み立てられるか?

吉岡ほか 2025 年の試験では、養生 12 時間ですべり係数 0.50、24 時間で 0.55 となり、0.40 を満たしました。著者は施工サイクルを考えて 24 時間以上を推奨しています。屋内の恒温恒湿条件、改良型さび促進剤 1 種類での結果です。

さびが厚いほどすべり係数は高くなるか?

この試験でははっきりしません。母板赤さびと無機ジンク連結板の組合せでさび厚との相関係数は 0.539(著者は弱い相関と判断)、両面赤さびでは 0.238 でした。両面赤さびで相関が高かったのは、凹凸の高低差と鋭さを表す Ra²/RSm(0.670)です。

ブラスト面の粗さはどれだけ必要か?

森ほか 2011 年はブラスト面について、Ra²/RSm が 0.25 µm 以上ですべり係数 0.4、0.35 µm 以上で 0.5、0.45 µm 以上で 0.6 を満たすとしています。Ra だけでは足りず、Ra 10〜15 µm ではすべり係数がかえって下がりました。さび面には使えない目安です。

参考資料

2 本の論文は J-STAGE で全文を読みました。すべり係数、粗さ、さび厚、軸力残存率は吉岡ほか 2025 年の表 5・表 6 と §4.3 のとおりです。図 14・15 の相関係数は抽出テキストの配置が乱れていたため、PDF を画像にした原図と §4.3.4 本文で確認しました。森・南(2007)、JASS 6、道路橋示方書、建築関係基準の数値は、2 本の論文の記述によるもので、原文は読んでいません。

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