PC のボスにねじロックを塗ったら数日後に割れた:薬液に浸けても平気な PC が、応力のかかった継手では割れる

2012 年 12 月、Yahoo!知恵袋に「ポリカーボネイトとねじロックの相性が悪かったのでしょうか?」という質問が投稿されました。ガラス繊維入り PC ボックスに低粘度の嫌気性ねじロックを塗り、タッピンねじで部品を留めたところ、数日後にボス穴が割れたという内容です。国立医薬品食品衛生研究所が 2021 年に発表した論文は医療機器の話ですが、仕組みは共通しています。PC のシートは模擬薬液に 4 週間浸けても変化せず、コックを組み付けた PC 三方活栓は四塩化炭素を注入した瞬間に割れ、コックを外して浸けると割れませんでした。割れに必要なのは応力と特定の薬剤の組合せです。本稿では論文のデータ、ボスに当てはまる部分と当てはまらない部分、現場での見分け方と避け方をまとめます。読了まで約 9 分。

透明な樹脂ボスを切り開いた図。鋼製のタッピンねじがねじ込まれ、ねじ下部の脇の内壁から外壁へ赤い亀裂が一本伸びている。

きっかけになった質問

2012 年 12 月 4 日の午後、Yahoo!知恵袋の DIY カテゴリに次の質問が投稿されました。 ガラス繊維入りポリカーボネート(PC)製ボックス(UL94V-2)に、低粘度の嫌気性ねじロックを使い、ボックス付属のタッピンねじで部品を取り付けたところ、取付け用のボス穴にひびが入った。 塗布してすぐ割れたのではなく、数日たって客先からのクレームで気付いた。客先に説明するために理由を知りたい、という内容です。

同じ日の夕方に付いたベストアンサーは短いものでした。嫌気性ねじロックには樹脂を傷めるものがあり、「本来金属用です」。自分はラジコン模型でよく使うが、樹脂には別の製品を使う、として製品ページへのリンクが添えられています。 質問者は翌朝、リンク先の表を客先に見せると返信しています。

回答は当サイトのねじ固定剤の記事とも合っており、その記事でも一部の嫌気性の配合はある種の熱可塑性樹脂に応力割れを起こすと書いています。 ただ、二つの点には答えていません。なぜボックスのほかの場所ではなくボスが割れたのか。なぜ数日かかったのか。 これに答えるには、この種の割れが何を必要とするかを先に知る必要があります。

論文:PC は薬液に浸けただけでは壊れない

迫田秀行氏ら 8 名が 2021 年に YAKUGAKU ZASSHI(薬学雑誌)に発表した論文の出発点は、輸液チューブや三方活栓などのプラスチック製医療機器が併用薬剤で破損する事例です。 薬液の pH は 2〜12 と幅広く、脂肪乳剤や界面活性剤などの添加剤も含まれます。

著者らはまず市販のプラスチックシート 8 種類(PU、PE、PP、ナイロン 6、PC、硬質 PVC、PET、PMMA)を模擬薬液に静置で最長 4 週間浸漬し、表面、硬さ、弾性率などを評価しました。 ナイロンが吸水で軟化したほかは、浸漬前後で顕著な変化は認められませんでした。臨床の破損例にも、耐薬品性の問題とは考えにくい組合せが散見されたといいます。

そこで著者らは、破損の原因を環境応力割れ(environmental stress cracking、ESC)と推定しました。 論文が引用する定義は、応力がない状態では材料に影響を与えない液体や蒸気が、応力が負荷された状態では割れや破壊を生じさせる現象、というものです。 特徴として、応力が存在する材料と特定の薬剤の組合せが必須であること、通常は影響しない小さな応力でも発生すること、破断面が平滑であることが挙げられています。

無負荷のシートを浸けるこの試験で見ているのは、表面、硬さ、弾性率といった材料そのものの変化です。ESC に必要な応力はその試験には含まれていません。浸けて平気だったという結果は、ESC について何も保証しません。

ひずみを加えると

多数の組合せを一度に試すため、著者らは曲げ浸漬試験法を考案しました。発泡スチロール板に幅 L の切込みを入れ、シートを通して湾曲させた状態で浸漬します。 L が小さいほど曲げがきつく、ひずみが大きくなります。PC は L = 4 mm が基本で、ひずみは 7.6% です。 論文は、この試験のひずみは通常の臨床使用で想定されるひずみより一般に大きく、ワーストケースの条件であるとしています。

PC の曲げ浸漬試験結果(迫田ら 2021、Table 3・Table 4、破損数/試験数)
溶液ひずみ 7.6%ひずみ 6.1%ひずみ 5.1%
PBS(中性の対照)、pH 2 の酸 2 種0/30/30/3
0.2 M リン酸緩衝液 pH 8〜110/30/30/3
0.5 M 炭酸緩衝液 pH 114/60/30/3
0.5 M リン酸緩衝液 pH 123/60/30/3
プロピレングリコール 7%(単独)0/6——
エチレンジアミン 0.15%(単独)0/6——
プロピレングリコール 7.0% + エチレンジアミン 0.15%3/3——
ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油 HCO 6%(単独)0/15——
HCO 6% + オリーブ油 1%5/6——

著者らのまとめでは、アルカリ溶液が PC に影響する閾値は pH 11 で、PC は試験した最大のひずみ 7.6% のときだけ破損しました。油脂・界面活性剤類は、濃度がおおむね 1% 以上で PC を破損させています。 消毒用エタノールは、曲げ浸漬、模擬清拭、浸漬後の引張試験のいずれでも PC に影響を与えませんでした。 同じ表の PET はより敏感で、アルカリの閾値は pH 10、試験した最小のひずみ 0.8% でも破損しています。

表の中で目を引くのは、プロピレングリコール単独 0/6、エチレンジアミン単独 0/6 なのに、混ぜると 3/3 になる点です。HCO も単独では 15 本とも割れず、オリーブ油を 1% 加えると 6 本中 5 本が割れました。 医薬品成分の結果で、論文はこれを他の製品に一般化していません。当サイトが読み取るのは、成分単独の結果から混合後に割れるかどうかは推定できない、という注意点です。ねじロックで同じことが起こるかは別に試験が必要です。

コックを外せば、四塩化炭素でも割れない

曲げ浸漬のひずみは人為的に与えたものです。実際の医療機器では応力はどこから来るのか。論文の 6 章では、実製品を四塩化炭素で検証しています。論文が引用する文献では、四塩化炭素は ESC を引き起こす強力な薬剤の一つとされています。

臨床で破損した PC 製コネクタ。大径の管状部材の内側に小径の管状部材が挿入された構造で、破損は外側の部材に生じ、破面は ESC に特徴的な平滑な面でした。 破壊起点は、挿入された内側部材の端部近傍にある外側部材の内壁側と推定されています。同型品を未接続のまま流路にアルカリ性の模擬液を充填すると、2 日後に破損し、起点と破面の特徴は臨床品と一致しました。 製造時に小径の部材を嵌合させたことで外側の部材が押し広げられ、その応力が残っていたわけです。アニーリングで残留応力を除くと、四塩化炭素を注入しても破損しなくなりました。

PC 製三方活栓。流路に四塩化炭素を注入すると瞬時に破損しました。分解してコックを外した状態では、四塩化炭素に浸漬しても破損しませんでした。 応力の出どころは製造時の残留応力ではなく、コックをテーパーのはめあいに嵌合したことです。

PC・PET 製コネクタを持つ 8 製品。接続しなくても破損する製品(B、C、E、G)は製造時の残留応力、接続して初めて破損する製品(A、D、F、H)は接続で生じる応力が原因と分類されました。 設計者にとって示唆が大きいのは A と H です。接続後に四塩化炭素を流路へ入れても割れず、オスコネクタの外周に四塩化炭素を付けてから接続すると割れました。 オス・メスの接続ではメスコネクタの内面に引張応力が生じ、その面はオスコネクタの外面に接しているため、接続後に流した液は通常そこに届きません。脱着のときに液が接触面に付くと ESC が起きる、というのが論文の説明です。 製品 D は外部に四塩化炭素が付いた状態で接続を繰り返すと破損し、接続操作で加わる力そのものが原因と考えられています。

8 製品を環状に接続し、実際の医薬品を 1〜4 週間循環させた検証(医薬品は 1 週間ごとに交換)でも、破損が出た部位は四塩化炭素の試験と一致しました。

ボスに置き換えると

左右二つの断面図。左は細い管が透明な太い管に差し込まれ、右はタッピンねじが樹脂ボスにねじ込まれている。両方の接触面に青い液膜と外向きの矢印があり、右のボスには内壁から外壁へ赤い亀裂が一本走っている。
左:押し込まれた内側の管で外側の管が押し広げられ、液が接触面にある医療用コネクタ。右:タッピンねじがボスを押し広げ、ねじロックがねじ山の接触面にある状態。応力と薬剤が同じ場所にそろう。右は当サイトの類推で、論文はボスを試験していない。模式図・縮尺不同。

ここからは当サイトの類推です。論文はボスもねじロックも試験していません。

タッピンねじを樹脂のボスにねじ込むと、ねじ山が材料を外へ押し、ボスの壁は周方向の引張応力で抵抗します(樹脂にねじを締めるの記事の主題です)。 内側の管に押し広げられた外側の管、オスに押し広げられたメスコネクタと同じ形です。円筒の内壁が外へ押され、内壁が引張応力を受けています。 ねじロックを塗ったねじは、オスコネクタの外周に四塩化炭素を付けてから接続した A、H に相当します。液を、引張応力を受ける接触面に直接置くことになります。

ねじ山に塗ったねじロックは、締め込んだ後もねじ山とボス内壁の間に残ります。ボックスの外面に垂れた液は、そこに目立った応力がなければ、論文の仕組みではリスクがずっと低くなります。ねじで押し広げられたボスの内壁には、応力と液の両方がそろっています。この事例でボックス各部の実際の応力は測られておらず、これは仕組みからの推論です。 割れがボスに出た理由はこれで説明できます。数日かかった点については、論文の同型コネクタもアルカリ液の充填から 2 日後に破損し、曲げ浸漬試験も最長 4 週間で判定しています。ESC は接触した瞬間に起こるとは限りません。ねじロックで何日かかるかについては、論文にデータはありません。

類推の限界も明記します。論文が試したのは医薬品成分と四塩化炭素で、嫌気性ねじロックは論文で試験されていない別の化学品です。論文の PC は市販のシート(住友ベークライト Sunloid PC ECG101)でガラス繊維の条件は記載されておらず、質問者のボックスはガラス繊維入りです。 ねじがボスの壁にどれだけのひずみを与えるかについても、今回は数値を示せる出典がありません。どのねじロックが、どのひずみで、何日で PC を割るかという閾値は、本稿からは出せません。借りられるのは、応力と特定の薬剤が同じ場所にそろうと割れる、という仕組みだけです。

現場での手順

以下は論文の仕組みをもとに当サイトがまとめた手順です。まず見分け、そのあとでどちらを変えるかを決めます。

  1. 対照を取り、化学的な割れか機械的な割れかを分けます。 同じロットのボス、同じねじ、同じ締め方で、ねじロックありとなしを用意し、同じ日数置いてから確認します。論文も中性の PBS に浸けた試験片と比べて影響を判定しています。 ありだけ割れるなら薬剤が関わっている可能性が高く、両方割れるならボスがそのねじに耐えていないので、まずボスの外径、ねじ山形状、締め方を見直します。1 回の対照で疑いの強弱は変わりますが、原因を一つに断定することはできません。
  2. 割れの起点と破面を見ます。 論文の臨床コネクタは、押し広げられた側の内壁が起点で、破面は平滑でした。割れたボスを切断し、起点がねじ山の接する内壁にあり破面が平滑なら、ESC の特徴と一致します。 ただし一致するというだけで、破面だけでは断定できません。最終的には 1 の対照に戻ります。
  3. ねじロックのメーカーに樹脂適合のデータを求め、実際の樹脂を明記します。 「PC」だけでなく、グレード、ガラス繊維の有無、難燃グレードまで伝えます。論文の、単独では割れない成分が混ざると割れる例から、確認すべきなのは成分表ではなく製品そのものの試験データです。
  4. 応力を下げられるなら下げます。 ボスの外径、樹脂用のねじ山形状、面取り、締付けトルクは、いずれも周方向の引張応力を下げる手段です(樹脂にねじを締める)。 論文では製造時の残留応力はアニーリングで除去でき、処理後は四塩化炭素でも割れませんでした。ねじを締めて生じる応力は組立てのときに生じるもので、論文の言う接続による応力に近く、アニーリングでは対処できないと当サイトは考えています(論文では試験されていません)。
  5. 液が応力のかかる面に触れないようにします。 論文が接続時の応力に対して示した対策は、ESC の原因となりうる薬剤は回路の接続後に導入し、回路内に残っている間は脱着しないことです。 ねじではこれができません。ねじロックの役目はねじ山どうしのすき間を埋めることで、そこが応力のかかる面そのものだからです。PC に直接ねじ込む箇所では、液状のねじロックを使わないのが最も直接的な対策です。 当サイトのねじ固定剤の記事にあるとおり、樹脂は嫌気性固定剤の硬化に必要な金属イオンを供給せず、樹脂の継手が緩む主な原因はクリープであることが多いので、そもそも症状に合っていない場合があります。 緩み止めが必要なら、プレコートのナイロンパッチは液体ではありませんが、PC との相性はこの論文でも試験されていません。
  6. ボスに触れるほかの液体も数に入れます。 洗浄剤、潤滑油、ねじ表面の防錆油も、応力のかかる面に運ばれる薬剤です。論文の油脂・界面活性剤の配合は、おおむね 1% 以上で曲げを与えた PC を破損させ、エタノールは三つの試験で PC に影響しませんでした。いずれも医薬品の配合での結果で、工業用品は別に確認が必要です。

このページから言えないこと

嫌気性ねじロックが必ず PC を割るとは言えません。ねじロックの濃度、ひずみ、日数の閾値も示せません。論文が試験したのは模擬薬液、医薬品、四塩化炭素で、ねじロックは含まれていません。 Table 3 の 7.6% は曲げ試験のひずみで、著者ら自身が臨床使用より大きいとしており、ボスの中のひずみでもありません。論文の PC シートはガラス繊維の条件が記載されておらず、ガラス繊維入り PC のデータはありません。 pH、濃度、エタノールの結果は、論文の材料グレード、配合、試験条件に限ったものです。多くの条件は各 3 本、浸漬は最長 4 週間、実医薬品の循環も 1〜4 週間でした。すべての PC や工業用の液体に通じる適合の境界として扱うことはできません。

2012 年の質問のボスが ESC だったとも断定できません。タッピンねじでボスが割れるのは機械的な原因だけでも起こり、ねじロックありとなしの対照を取らなければ区別できません。 ベストアンサーのリンク先の適合表は確認しておらず、内容は引用していません。「ボスは押し広げられた外側の管、ねじロックはオスコネクタの外周に付けた四塩化炭素」というのは当サイトの類推で、論文はこの比較を行っていません。

この記事は手順 1、相手材を扱います。全体の順序は相手材、ねじ、頭部、駆動部、表面処理、書類で、これを崩すと微調整ではなく手直しになる理由はねじの決め方にあります。

よくある質問

PC をねじロックに浸けても平気なのに、ねじを締めると割れるのはなぜですか。

環境応力割れには応力と特定の薬剤の両方が必要だからです。迫田ら(2021)では、PC シートを模擬薬液に静置で 4 週間浸けても力学特性に顕著な変化はなく、コックを組み付けた PC 三方活栓は四塩化炭素の注入で瞬時に割れ、コックを外して浸けると割れませんでした。タッピンねじはボスの内壁に引張応力を生じさせ、ねじロックはちょうどその面にあります。これは論文の仕組みを借りた当サイトの類推で、論文はねじロックを試験していません。

ボスの割れがねじロックによるものか、締めすぎによるものか、どう見分けますか。

対照を取ります。同じロットのボス、同じねじと締め方で、ねじロックありとなしを用意し、同じ日数置きます。ありだけ割れれば薬剤が関わっている可能性が高く、両方割れればまずボスの設計か締付けを疑います。1 回の対照だけで原因は断定できません。破面が平滑で起点がねじ山の接する内壁にあれば ESC の特徴と一致しますが、破面だけでは断定できません。

PC が割れないねじロックの濃度やトルクはありますか。

この論文からは示せません。試験されたのは医薬品成分と四塩化炭素で、嫌気性ねじロックではなく、PC シートのガラス繊維の条件も記載されていません。実際の樹脂グレードに対するメーカーの適合データを確認し、自社の部品でねじロックありとなしの対照を取ってください。

アニーリングで防げますか。

論文でアニーリングが対象にしたのは製造時の残留応力で、処理後の PC コネクタは四塩化炭素でも割れませんでした。ねじを締めて生じる応力は組立てのときに生じるので、アニーリングでは対処できないと当サイトは考えていますが、論文では試験されていません。ボスの応力を下げるか、液が応力のかかる面に触れないようにする必要があります。

参考資料

論文は全文を読み、数値は原文の Table 3、Table 4、Table 6 と 2、3、6、8 章のとおりです。ESC の定義と「四塩化炭素は強力な薬剤」という記述は論文が引用する文献によるもので、原典は確認していません。質問とベストアンサーは全文を読みました。ベストアンサーのリンク先の適合表は開いていません。ボスと医療用コネクタの類推は当サイトの推論です。

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樹脂部品にねじ込むねじの引合いでは、樹脂のグレード(ガラス繊維と難燃グレードを含む)、ボスの内径と外径、組立て時にねじロック・潤滑油・洗浄剤を使うかどうかをお知らせください。その条件に合わせて選択肢をご案内します。

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